5節で、4節までの流れと少し、変わる。主はダビデを自分の食卓に招いて、宴会を準備して下さるというのだ。そこは外部から敵がどのような攻撃をしてきても、完全な守りの場となり、平安である。
ある注解書では、羊飼いー羊の関係から主人(ホスト)ー客の関係と変化していると説明する。この主の招きは主イエス・キリストの一方的な神の恵みと恩寵を表わしていると解して良いだろう。
さて、宴会に出される食事の内容とは一体、どのようなものでしょうか。?食べ飽きることがない、肥えた肉や食材、また、ぶどう酒、それらは満足感を与えてくださるのです。また、宴会には音楽がつきものであり、喜びが絶えず、体も心も躍り出す。そのような余裕を感じさせます。
続けて、ダビデは5b節のように詩います。「主はわたし(ダビデ)のこうべ(頭)に油をそそがれる。」
一般に「油を注ぐ」という行為は最高のもてなしを意味しています。つまり、この油で顔のつやを出すように化粧します。また、場合によっては戦いで受けた傷に油を塗り、癒やしのために使われます。
さらにこの「油」は新約聖書では聖霊を意味しています。私たちはこの聖霊によって、まことの神を知り、 杯があふれるほど、栄えに満ちた喜できるのです。できるのです。
ダビデはさらに歌います。自分の一生が神様とともに生き、神の恵みと慈しみの中で、主の家に住み、主を礼拝し、賛美し続けたいと願っています。
「主の宮」
イエスよ あなたに 飢え渇いて 御前に祈る
十字架の血潮で きよめられ
御座の前に行こう 顔と顔を合あわせ
あなたに会いたい まことの聖所で あなたを見上みあげる
主だけを想い 主と愛し合う 主と共に住すむ ここは主の宮